糸さん と布田の焼鳥屋で飲む。
前に 矢追似さん に連れて行ってもらった店。
久しぶりに気兼ねなく力を抜いて飲めた感じで楽しかった。
最後には店長も加わって飲んでいた。
だけど終電が若葉台までしかなくなってしまって、そこから歩いて帰る。
家に着いたのは4時ごろ。
今日は休み。天気はうす曇り。3日程前からお腹の調子が今一つ。
朝10時過ぎからパソコンの前でいろいろやろうと思うが、ほとんど何もはかどらず、お昼を過ぎてしまう。
駅からの帰り道にある喫茶店 が閉店していた。
開店して一年も経っていなかったと思う。
開店準備で店の改装をしている頃は何ができるのか期待して見ていたが、ある時喫茶店とわかってがっかりした。自分はコーヒーより紅茶、緑茶党なので「ちぇっ」って思ったし、今時こんなところに喫茶店作って客入るのかな~?って感じた。
店の前を通る時ちらっとのぞいてみると、ポツリポツリとお客さんは入っているようだったけど、満席になっていることはなかった。
自分の見た限りでは店は中年の男性と女性、アルバイトっぽい若い女性、その他にもう一人ぐらいで回しているようだった。
食事もあったりし酒も出していたようだから一度ぐらい行ってみようかとも思っていたが、余裕もないし、喫茶店ということでいつも素通りしていた。
ある朝店の前を通ると中には店員さんもおらず、入口の所に閉店を知らせる紙が貼ってあった。
やっぱり場所的に難しかったのだろうか・・・?
特になんの関わりも無かったわけだけどなんだかさみしい。
レイチェル・カーソンの作品。翻訳、上遠恵子。
なかなか読みづらい。自分の解読力のせいだろうか?
「その島は、静かに忍び足で東の入江を横切ってきたたそがれよりもほんのわずか深い影に包まれていた。島の西側にある湿った狭い砂浜は青白くきらめく空を反射し、その輝きは島の砂浜から水平線に向かって明るい道筋をつけていた。水も砂もメタリックな色をしていて銀の光沢でおおわれ、どこまでが水面でどこからが陸地なのかわからなかった。」 (第一章 「上げ潮」 から引用)
情景が想い描けず。
「東海岸のチェサピーク岬からコッド岬が肘のように曲がったところまでのあいだは、波打ち際から八十~百六十キロも行ったところで大陸棚がとぎれてほんとうの外海になる。大陸棚の縁は岸からの距離ではなく外海へ移りかわるしるし、つまりおだやかに傾斜している海底が、突然、絶壁やけわしい断崖になって落ちこむと、水深百八十メートルもの海の重さを感じて、ほの暗い海の色が黒くなっていることでわかる。」 (第六章 「春の回遊」 から引用)
不自然さを感じる。
翻訳って難しいと思う。英語力はないが、原文を見てみたい。
事故の経過観察で ■■■■ 病院へ。
途中まで歩いて診察券を忘れたことに気づいて取りに戻る。
予約時間を10分程遅れていくが、まだ呼ばれてなかった。
程なく呼ばれて診察。と言っても問診のみで、亜脱臼の箇所が多少違和感があると説明する。その時に患部を揉もうとすると、あまり揉まない方がいいと言われる。剥離骨折の方はほとんど気にならなくなってきている。
少しずつ良くなっているということで、また経過を見ましょうとのことで終了。
診療費は x,xxx 円。
桜が満開に近くなってきているのに雨。
何故かこの時期雨になったり、風が強かったりすることが多いように思う。
単に桜と言う毎年一時期の儚いものに結び付けられて、そういう記憶が強く残ることが多いのだろうか?
よく昼を食べに行く XXX 飯店が消費税増税の影響か値上げしていた。
500円の定食が550円。ワンコインだったのに、ちょっと痛い。
いつも行くと飴をもらっているしね~、仕方ないね~。
小保方さん反論しているけど、STAP細胞は本当にできたんだろうか?